カテゴリー「3.【読書】」の記事

2016.08.31

巧みな心理描写で描くサスペンス!自分は殺人者なのか?!・・・『ゆがんだ罠』(W・P・マッギヴァーン・作、創元推理文庫)

 創元推理文庫の『ゆがんだ罠』(The Crooked Frame)を読了しました。原作者はW・P・マッギヴァーン、訳者は中田耕治さん、初版は1960年です。私が読んだ一冊は73年の8版でした。

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 ウィリアム・P・マッギヴァーン(William Peter McGivern)の作品では社会派サスペンスの『虚栄の女』を先日読みましたが、『ゆがんだ罠』は主人公が容疑者にされて真犯人を探す羽目になる所謂「巻き込まれ」型のサスペンス小説です。原作は1952年に発行されています。

 空想科学小説雑誌の編集長、ウェッブ・ウィルスンは、アパートにもどったとき、自分のシャツにべっとり血がついていることに気がついた。指や手が血まみれになっていた。今夜、何があったのだろう? 恐怖と不安が彼をとらえた。泥酔していたあいだに、自分が誰かを殺したのかも知れない。しかし、何ひとつ記憶になかった……。ウェッブは自分が犯人でないとすれば誰なのか思いまどう。夜、孤独、雨、恐怖、もはや頼るべきものはただひとり、自分しかいなかった。マッギヴァーン、中期の傑作スリラー「ゆがんだ罠」は、読者を奇怪にゆがんだおそるべき罠にみちびく。

 主人公のウェッブは戦争中に誤って上官を背後から射殺した過去があり、その後ろめたさのために常に酒浸りとなっています。泥酔から醒めて血まみれの自分を見ても、自分がいったい誰かを殺したのか、殺していないのか、それさえも思い出せません。

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 物語の冒頭はウェッブが自分のアパートで血まみれになっていることに気付く場面です。とても絵になるシーンです。その後すぐにウェッブの回想に入り、この小説の半ばまでこの一週間の出来事が事細かに描写されます。

 しかも、その回想の中でもウェッブは酔って戦中の欧州戦線での上官殺しを頻繁に回想するため、ウェッブの二重の回想の中で読者もウェッブと同じ立場で何か起こったのかを考えることになります。

 孤独なウェッブに寄り添うように編集部員のアン・ステファノが登場してきます。彼女のウェッブに対する思いは同情なのか恋情なのかわかりにくいのですが、彼女が戦中に赤十字に志願してウェッブと同じ欧州戦線の戦場にいたことは、明確な表現はないものの、おそらくウェッブを救いたいと思う気持ちの根源なのでしょう。

 マッギヴァーンは登場人物達それぞれの巧みな心理描写で、ミステリー的な表現抜きでも読者をぐいぐい引っ張っていきます。

 詳細は不明なのですが、『ゆがんだ罠』は1973年に当時のNET(現テレビ朝日)系列で放送されていた毎日放送制作の『サスペンスシリーズ』の一本として「それは暗闇にはじまる」のタイトルでドラマ化され、仲代達也がウェッブに当たる役を演じたのだそうです。冒頭のシーンだけでも見てみたいものです。

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2016.06.22

ベッドの隣に美女の死体が!?自分を追う破目に陥った新聞記者!・・・『シカゴの事件記者』(創元推理文庫、ジョナサン・ラティマー作)

 創元推理文庫のジョナサン・ラティマー作『シカゴの事件記者』を読みました。ラティマーの小説を読むのは『処刑6日前』に次いで二冊目です。

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 単発のサスペンスで拳銃マークにしてはハードボイルド味は薄いのですが、その分謎解き成分が濃いストーリー展開で、どんでん返しまであって最後の最後まで楽しめます。但し、どこまでシリアスなのか、それとも笑っていいのか、サムの弁護士トム・ニコルズが警察に捕まって取られる尋問調書など抱腹絶倒ものです。

泥酔した新聞記者サム・クレイは、ベッドの中で目をさました。それは自分の部屋ではなかったし、隣に眠っているのは全裸の血まみれの美女だった。その時けたたましく鳴りひびく電話のベル・・・・・・。殺人事件の巧妙な罠におちたサムは、皮肉なことにその事件を担当して取材することになった。凶悪犯として捜査の対象になっている自分を救うためにも、一刻も早く真犯人をつかめなければならない。シカゴの大新聞社を舞台に、命がけで奮闘する事件記者の生態をハードボイルド・タッチで描くラティマーの代表作。

 誰の部屋かもわからぬほどに泥酔して日曜朝に目覚めたら、 ベッドの隣に「死体」となった血まみれ美女を発見、さあどうする?!と、発端から考える間も与えられずグイグイ引っ張られるのですが、とにかく登場人物もイベントも多くて覚えきれないほどです。しかも人名表にも載っていない登場人物も多く出てきて、もはやこれって誰?と悩んでしまうほどでした。

 主人公サムの気持ちになれば、いつ自分に嫌疑が向けられて逮捕されるかわからないし、それなのに頼みとする弁護士や探偵は次々と警察のごやっかいになるし、真犯人につながると思われた証人は殺されてしまうし、もうずっと心臓が高鳴って表情も強張って、生きた心地がしなかったのではないかと思います。それでもラティマー描く主人公は『処刑6日前』のウェストランドもそうですが、かなり精神的にタフです。

 原題は"Sinners and Shrouds"(罪びとと屍衣)ですが、私にはどう言った意味なのか皆目わかりません。何かの引用なのでしょうか。アメリカ版のペーパーバック表紙は小説の一場面をそのまま描いています。サム・クレイは死体を置いて逃げ出す時にメイドをブランデーの壜で殴り倒してしまうのです。

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2016.06.15

手に汗握る上質なサスペンス!魅力的な富豪令嬢!・・・『あでやかな標的』(創元推理文庫、ベン・ベンスン作)

 創元推理文庫の『あでやかな標的』を読みました。ベン・ベンスン作の警察小説でマークは拳銃、マサチューセッツ州警察のウェイド・パリス警視を主人公としたシリーズの一冊です。

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 翻訳は稲葉明雄さんで、1962年に稲葉由紀名義で出されていた作品の再版です。

マサチュセッツ州ウェリントン市の下水道から、サンドイッチの立売店を経営する老人が無残な他殺体となって発見された。そして、死体の処分を目撃した富豪の令嬢は、ギャングの一団から標的として狙われている。検事局の要請で乗りこんできた州警察のパリス警視は、ギャング団の背後に糸をひく市政の大物の正体をつきとめるべく、岬の突端に殺人鬼を待ちかまえて罠をはった。パリスものの中でも抜群のサスペンスを持つ警察小説(内容紹介より)

 表題は殺人現場を目撃した富豪令嬢が殺人者一味から狙われていることを指しています。原題は"TARGET IN TAFFETA"(薄絹を着た標的)で同じ意味です。

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 この富豪令嬢ジェーン・モンカームは二十二歳の若い女性です。警察官であるパリスにとっては保護すべき対象なのですが、同時にファム・ファタル的な存在です。富豪の両親を事故(これもあるいは?と思わせますが)で失い、莫大な遺産を相続しながらも自分のアイデンティティに悩む、極めて魅力的な存在として思い入れたっぷりに描かれています。

彼女は声をあげて笑うと、そばへ近づいてきて、彼に腕をからませた。「きょうは一日じゅう、ほとんどお顔を見なかったわ。どこへいってらしたの?」

 方やパリスは三十五になった分別のある警察官。ジェーンの子供っぽい誘惑にもパリスは耐えます。表面上は若い娘を軽くやり過ごしているようにふるまいますが、パリスも独身の男盛りなので必死に我慢しています。その胸の内が綿々と綴られるのがこの小説の魅力の一つでもあります。

二人のあいだには、年齢の差だけでなく、あらゆる点で、あまりにも懸隔がありすぎる。いまのうちに、きれいさっぱりと諦めたほうがいい。いまが、そのいい機会だ。で、彼は苦しそうな声でいった。「ぼくは警察官の仕事をやる身です。きたならしい仕事ですよ、あなたのお友だちにも変人あつかいされるでしょう。珍しさなんか、いずれ消しとんでしまうものですよ」彼女の眼がうるんできた。彼女は怒ったように、その眼をこすって、「ひどいことをおっしゃるのね」

 ストーリーは単純ですが、敵がどう襲ってくるか、誰が真の黒幕か、パリスはどう迎え撃つのか、手に汗握るような上質なサスペンスで読者を引っ張ります。

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2016.06.11

誘拐犯を追い詰める大捜査線!時系列で描くサスペンス!・・・『非常線』(創元推理文庫、ホイット・マスタスン・作)

 創元推理文庫でホイット・マスタスンの『非常線』(鷺村達也・訳)を読了しました。 カバー・イラストは浜田稔さんでこの版は1972年の再版でした。マークは拳銃です。

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 元々は東京創元社が1958年に出版した「クライム・クラブ」の第6巻でした。米国で出版されたのが1955年だったので、ほぼ新作での紹介だったことになります。

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 文庫には1962年に入っていますが、当初は猫マークでした。

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 この小説は終始サスペンスフルな展開で犯人を追い詰める過程を描いています。誘拐犯の行動は犯人視点で読者に知らされますので、娘が無事かどうかは、章も小見出しも『24』のように時刻表示になっていて、原題の"All Through the Night"(今は改題されて"A Cry In The Night"になっています )そのままに、事件が未明に起きて明け方には解決するお話です。

深夜の公園で女の子を誘拐して逃げまわる中年の色情狂! 警察官として、また父親として、娘を無事に取り戻そうとあせる剛直一徹の警部。それに応じて、たちまち全市に張りめぐらされる捜査網…………これらが織りなす張りつめた不安と緊張が時計の針の動きとともに、息苦しいまでに描き出される。快調ホイット・マスタスンの、手に汗にぎる警察小説!(内容紹介より)

 性犯罪歴のある男が車の中のカップルを脅し、男性を殴り倒して女性を誘拐します。実はこの女性は市警の捜査部長の娘だったのです。捜査部長は石頭とあだ名されていますが、さすがに自分の娘を誘拐されては冷静ではいられません。この突発的な誘拐事件に対して市警を挙げての大捜索が始まります。

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 ホイット・マスタスンはエラリー・クイーンと同じく二人の作者による合作ペンネームです。ビル・ミラーとロバート・ウェイドの合作で、二人はウェイド・ミラーというペンネームも使っていました。創元推理文庫には『ハンマーを持つ人狼』という作品も入っています。そちらの方は最近まで版を重ねていたようですが、『非常線』は残念ながら絶版のままです。新訳での再発売を期待したいものです。

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2016.06.02

読むフィルム・ノワール!刑事くずれの生きざま!・・・『深夜特捜隊』(創元推理文庫、デビッド・グーディス・作、井上一夫・訳)

 創元推理文庫でデビッド・グーディスの『深夜特捜隊』を読了しました。もちろん古書で、初期カバー版です。この赤地に拳銃のカバー・イラストは秀逸です。思わず手に取り、買いたくなるカバーです。

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 グーディスの小説は『ピアニストを撃て』がフランスで映画化もされて有名です。シャルル・アズナブールが孤独なピアノ弾きを演じていました。

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 キーワードを並べてみると、虚無的な主人公、悪徳警官、ファム・ファタル、酒、カード、金、銃、車、暴力、独白、嘘、裏切り、ギャング、制裁、レイプ、復讐…そして正義。この小説にノワール要素は全て揃っています。

大都会の癌、スラムに君臨するやくざのボスにとっては、たかり、暴行が横行し、子供がねずみにかじられたりする町が、彼のドル箱だった。汚職で首になった警官コーリーは腕を買われてスラムの帝王の用心棒になったが、それと同時に、ギャングどもと対決する警察愚連隊、深夜特捜班からも誘いの手が伸びていた。金と女と警官バッジとのなかから、なにかを選べなければならないコーリーのゆくてには、暴力と拳銃の雨が降る。痛快きわまるアクション・ハードボイルド!(内容紹介より)

 まさに読むフィルム・ノワールです。『深夜特捜隊』は『ピアニストを撃て』よりももっと黒く、それでいて読後感は爽やかです。
 

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 それにしても、どうしてカバーイラストを変更してしまったのでしょうか?オリジナルの赤地に拳銃の素晴らしいカバーと比べて、あまりにもひどいカバーだと思いませんか?買う気にさせないカバーのトップ10に入りそうです。

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2016.05.24

前半のサスペンスは異常なほど!記憶喪失ものの佳作!…『黒いカーテン』(ウィリアム・アイリッシュ・作、宇野利泰・訳、創元推理文庫)

 創元推理文庫でウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウールリッチ)作の『黒いカーテン』を読みました。宇野利泰さん訳の32版です。現代なら中篇と言っても良いボリュームで、一気に読むには最適です。

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ショックを受けたタウンゼントは記憶喪失症から回復した。しかし三年の歳月が、彼の頭の中で空白になっていた。この三年間なにをしてきたのか自分にはわからない。教えてくれるものもいない。しかし無気味につけ狙うあやしい人影が、タウンゼントの周囲にちらついている。異様な状態のもとで殺人罪で追われる人間の孤独と寂寥を、圧倒的なサスペンスで描くスリラー派の驍将アイリッシュの一連のブラック・シリーズもの。(内容紹介より)

 記憶喪失ものなのですが、単純な記憶喪失ではなく、主人公は最初の記憶喪失から戻って記憶喪失中の記憶をまたしても喪失してしまっている、という言わば二重の記憶喪失ものです。

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 また、単なるサスペンス・スリラーではなく、一応お粗末ながらも物理トリックが使われており、謎解きもあってミステリの体裁も取っています。

 しかし、この小説で語るべきは謎解き篇の後半(3章以降)ではなく、やはり記憶喪失の主人公が記憶にない相手から追い詰められてひたすら逃げまくるサスペンスフルな前半です。せっかく三年半ぶりに逢えた妻まで巻き込んで逃亡を図る主人公、ピストルを片手に追ってくる正体不明の男。緊迫した描写の連続には本当に読む方も手に汗握ります。

JP

 正直な話、後半の謎解き部分は蛇足に思えてしまいます。しかも、後半の登場人物からその後の展開が読めてしまうのもいただけないですし、ストーリー展開のためとは言え、犠牲者が出てしまうラストはあまり後味の良いものでもありません。

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2016.05.20

死刑囚デッド・エンドものの嚆矢!?『幻の女』以前の名作ハードボイルド・ミステリ!…『処刑6日前』(ジョナサン・ラティマー・作、井上一夫・訳、創元推理文庫)

 創元推理文庫で『処刑6日前』を読みました。ジョナサン・ラティマーの作、井上一夫さん訳の1966年4版です。丁度50年前の本を今読めるのは幸せです。もっとも、原作"Headed for a Hearse"(霊柩車に向かって)が発行されたのは1935年とのことなので、80年近くも前の作品になります。

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別居中の妻を殺した罪で処刑を一週間後にひかえた男が死刑囚監房のなかで絶望から立ちあがった。自分でも自分以外の犯人が考えられない密室殺人の真犯人を獄中から突きとめようというのだ。弁護士、私立探偵、友人などの協力で、一週間たらずの日限をきられた必死の再捜査が開始する。一日一時間が電気椅子へ近づいていく焦燥のうちに、有力な証拠や証人が、謎の黒い手によって、つぎつぎと消されていく。この絶望的状況から真犯人を割り出すみごとさは、まさにハードボイルド派の雄編の名に恥じない!(内容紹介より)

 冬のシカゴ。処刑を6日後に控えた死刑囚三人の描写から始まります。 主人公の死刑囚ウェストランドは妻殺しの罪で電気椅子に座る運命となりました。彼は自分が無罪であることを自覚しているにも関わらず、その運命を甘受しようとしていたのです。しかし、二週間前に届いた一通の手紙を読んでウェストランドは考えを変え、運命に立ち向かおうとします。

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 ウェストランドは株式仲買人で裕福です。刑務所長を買収し、刑事弁護士の第一人者を雇います。そこから死刑直前までの短い時間で何とか主人公を救おうとする取り組みが始まります。刑務所長の部屋に関係者が一同に会して行われる作戦会議の描写はとても面白くて興味深いです。

 主人公に雇われた名うての刑事弁護士フィンクルシュタインと、彼が雇った私立探偵二人組クレーンとウィリアムズのコンビがこの小説の探偵役ですが、NYから来た探偵達はとにかく荒っぽいです。酒に女に喧嘩と、典型的なハードボイルドの登場人物です。

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 死刑囚の主人公にとって救いの神と頼む刑事弁護士フィンクルシュタインも、捜査途中で知り合った女と好い仲になるという展開です。緊迫感のないことこの上なく、本気で主人公を救う気があるのだろうかと読んでいる方が心配になります。それもこれも読者をやきもきさせる手でしょう。

 処刑当日、一堂に介して真犯人を名指しするラストは、この小説が単なるハードボイルドではなく、ミステリーとしての面白さを十分備えたものであることを認識させてくれます。この小説はハードボイルドと謎解き要素の組み合わせがとても魅力的です。意外な真犯人、密室トリックも楽しめます。

 この作品と同じ処刑時刻の迫った死刑囚を救うために真犯人を追うサスペンスである名作『幻の女』は、この小説がなければ生まれなかったでしょう。

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2016.05.10

社交界の花形が殺された!暴露日記はどこに!?・・・『虚栄の女』(創元推理文庫、W.P.マッギヴァーン作)

 創元推理文庫の『虚栄の女』を読了しました。W.P.マッギヴァーン作、中田耕治氏訳の初版です。拳銃マークで軽ハードボイルドなのですが、意外な犯人の謎解きもあって社会派ミステリーとしても楽しめる作品でした。

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 戦時中に不正な手段で巨富を得た実業家ライアダンは、当時、社交界の花形だった美貌の女性メイが出版しようとしている日記におびやかされていた。彼女の日記には軍部や政界の上層部、シカゴ暗黒街のボス、財閥などの動きが克明に記されているという話だった。ところが、その問題の女性メイが殺害され、日記が忽然と消失するという事件が勃発した。PR界きっての敏腕をうたわれるジェイクはライアダンから調査を依頼されて行動を開始する。虚栄の女メイの死を背景に組織と人間のジレンマのなかで犯人に肉迫する孤独な男。マッギヴァーンの会心作!

 邦題の『虚栄の女』は社交界の花だったメイ・ラヴァルを指しています。元々ショー・ガールだったこの女性はパトロンと結婚して財を得ます。そして社交界に君臨すると「戦時中、光彩陸離たる名流夫人としての、はなやかな名声は絶頂に達し」て「数百万ドルにおよぶ物資の売買の交渉で、シカゴに出張してくる重要な人物をもてなす非公式のホステスだったし、物資配給の優先権、割当、契約、物資調達といった戦争に従事している人々にとっては、女性のフライデイだった」メイが当時の様子を克明に綴った日記を出版するというのですから、大騒ぎになります。案の定メイは何者かに殺害されてしまいます。

 この小説では警察官や私立探偵ではなく、広告代理店に勤める主人公ジェイク・ハリスンが探偵役を果たします。クライアントの大企業家ライアダンが戦時中にメイと密接な関係だったからです。

 この時代の米国における広告代理店がどれほどの規模でどのような役割を果たしていたか、私には不明なのですが、よく言われるように米国の広告代理店はまさにクライアントである企業の「代理」であって、日本のようにメディアブローカー(主な収入源がメディアからのコミッション)としての役割よりも、より企業の意向に沿ったPR活動を行う傾向にあったことは確かでしょうから、この小説の中のノーブル社のようにクライアントを窮地から救うためには様々な策を弄して活動していたのかもしれません。

 また、作中に上院議員のハムステッドが作った戦時不正利得の追及をする委員会が出てきますが、この類の委員会が本当にあったのかどうかも不明です。この小説が出版された1950年は東西冷戦拡大の時期で、中ソは蜜月となり、朝鮮戦争が勃発しています。この後の米議会は悪名高いマッカーシーが登場して赤狩りを進めます。そんな時代なので、第二次大戦中の軍需産業の不正利得追及が真剣に行われていたとは思えませんから、おそらくは全く架空のお話なのでしょう。

JP

 原題の"Very cold for May"(メイにはとても冷たい)は被害者の名「メイ」と「五月」をかけてあるのかな?と思いましたが、この小説の中では(何月かは書かれていませんが)積もるほどの雪が降っているので、いくらシカゴが寒いとは言え、さすがに季節が5月ということではないようです。

USA

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2016.04.24

ミステリーゾーンに引き込まれる!伝説の作家の異色過ぎる短編集!・・・『予期せぬ結末2 トロイメライ』(チャールズ・ボーモント・作、扶桑社ミステリー)

 ずっと積読だった扶桑社ミステリーの『予期せぬ結末2 トロイメライ』(井上雅彦・編、植草昌実・訳、YOUCHAN・カバーイラスト)を読了しました。ロジャー・コーマンの映画やTVドラマ「ミステリーゾーン」の脚本家であり、若くして亡くなった伝説の作家でもあるチャールズ・ボーモントの短編集です。本邦初訳も4篇あります。

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 チャールズ・ボーモントの奇譚ばかり13篇(「血の兄弟」、「とむらいの唄」、「トロイメライ」、「悪魔が来たりて――?」、「幽霊の3/3」、「秘密結社SPOL」、「殺人者たち」、「フリッチェン」、「集合場所」、「エレジー」、「変身処置」、「老人と森」、「終油の秘蹟」)を集めたオリジナル短編集です。

意想外の設定と冴え渡るラストのひねり。 稀代のアンソロジスト・井上雅彦が贈る、海外異色作家短篇シリーズの第二巻が登場。 様々なジャンルで圧倒的な才能を発揮しながら、38歳の若さで数奇な人生を閉じた天才チャールズ・ボーモント。 彼の遺した珠玉の作品群から、未訳作と個人集未収録作のみをセレクト。 自らが死ねば世界が終わると主張する死刑囚を描く表題作ほか、怪物小説の伝説的傑作「フリッチェン」、社会派SFの名品「変身処置」など、個性あふれる短篇13本を収録! 〈解説・植草昌実〉(内容紹介より)

 「血の兄弟」は自分が吸血鬼になったと言う男が精神分析にかかる話。男はある娘に血を吸われて吸血鬼となったのだと話す。男が医者に訴える窮状の数々が笑える。ラストは予期せぬとぼけた結末。

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 「とむらいの唄」は近々死人の出る家を訪ねてはと葬送の唄を歌う老人に反発の念を抱き続けた青年の話。運命に逆らうことへの無力感を表した寓話とも取れるが、アメリカの片田舎では実際にありそうな話にも思える。ボーモント最晩年作。

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 表題作「トロイメライ」は夜遅くに刑事弁護士の家に訪れた友人が語る死刑囚の話。その死刑囚は自分が死ぬとあることか起きると言う。死刑の執行は真夜中、何が起こるのだろう。ボーモントは既にあるアイデアを一捻りしている。

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2016.03.21

古典怪奇短編の妙味!名作家達の競演!・・・『夜光死体―イギリス怪奇小説集 』(旺文社文庫)

 旺文社文庫『夜光死体―イギリス怪奇小説集 』を読了しました。もちろん古書で、1980年刊行の古典怪奇小説のアンソロジーです。英文学者の橋本槇秬さんの訳で10篇が収められています。さすがに訳文には古さを感じてしまいますが、名だたる書き手の名作ばかりを集めてあり、薄くても読み応えがある一冊でした。

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 短編怪奇小説はいかに冗長さを排して怖さを読者に与えるか、だと思います。極端な話、最小限の怪異描写で最大限の恐怖を与えてくれるお話が好ましいのですが、このアンソロジーはその点粒ぞろいでとても嬉しく思いました。

 作者はレ・ファニュ、キプリング、スティーブンソン、ジョゼフ・コンラッド、ウエルズ、ドイル、ヘンリー・ジェイムズとビッグネームが並び、加えて三人の忘れられた作家の傑作が収録されています。

 ジョゼフ・シュリダン・レ・ファニュの「マダム・クロウルの幽霊」は、老女が回顧する形をとった恐怖譚です。老女は少女時代に、悪魔に取り憑かれていると噂されているクロウル夫人のお屋敷に仕えていました。そこで経験した怪異が淡々と語られます。凄まじい老醜を着飾って隠すマダム・クロウルの方が実態のない幽霊よりも怖いかもしれません。もっとも、後に幽霊もちゃんと出現します。最後に語られる謎解き要素は当時の流行なのでしょうか?

 ラドヤード・キプリングの「獣の印」はインドを舞台にした怪異譚です。荒くれ者の英国軍人が酔ってハヌマーンを穢したことにより報いを受けます。この小説の面白いところは、仲間達が軍人を助けるために奮闘するところであり、結末は「ジャングルブック」の作者らしくユーモラスです。

 スティーヴンソンの「死体盗人」はバークとヘアー事件が起こる前にノックス教授に死体を調達していた助手達が味わう、身もすくむ恐怖を描いています。怪異はラストの一瞬にのみ起こるのですが、それまでの過程でボディ・スナッチャー達の生態が生々しく描かれており、かなり効果的な因果応報譚になっています。

 ジョン・ゴルトの「不吉な渡し船」は、若い頃に渡し場で出会っただけの軍人を何年もの間夢で幻視し続けた主人公が、とうとう年老いたその軍人と再会し、自分の幻視の内容を伝えると…というお話です。幻視の不思議と因果応報談が組み合わさった佳作です。ゴシック的な運命譚でもあります。

 ジョゼフ・コンラッドの「二人の魔女の宿」はナポレオン戦争時のスペインを舞台に、現地の反仏ゲリラと連絡を取るべく敵地への上陸を試みた英海軍の軍人が経験した恐怖を描きます。とは言っても超自然の怪を描くものではなく、ある仕掛けのワンアイデアで読ませます。

 表題作「夜光死体」はディック・ドノバン作のお手本のような幽霊譚です。英国の片田舎ブリントンの医者が往診時に見かけた怪異が綴られます。

愛馬プリンセスが突然おびえて棒立ちになった。わたしの背中にもさっと冷たいものが走った。顔に何かがぴしゃりと触れた。そして闇の彼方にぼんやり光る物体が浮びあがってきたのだ。そこは幽霊風車小屋の近くだった……(カバー裏の内容紹介より)
考えてみれば、暗闇の中に幽霊が佇んでいても視認性は極めて低いですね。自ら発光していれば幽霊も見つけてもらえて効果的です。

 バーナード・ケイペスの『月に撃たれて』は、怪奇小説と言うよりもSF一歩手前の幻想小説です。滝がレンズの役割を果たし、見えたのは・・・、というお話です。カバー画はこの作品をモチーフに描かれているようですが、見事に雰囲気を表しています。

 H・G・ウェルズの『故エルヴィシャム氏の物語』は、やはりSFの始祖であるウェルズの作品らしくSF一歩手前のファンタジックな小説で、若い肉体を手に入れるために・・・という今でこそよくあるお話なのですが、これが魔法の類に依ってではなく、何らかの薬品を使うというところに当時は新味があったのでしょう。語り口の上手さはさすがウェルズです。

 サー・アーサー・コナン・ドイルの『革の漏斗』は、考古学者がパリの怪しげな骨董愛好家ダクレ氏の家で経験する不思議な夢のお話です。ダクレの理論では枕元に置いた古物の情報を夢で得ることができるというものでした。主人公はダクレ氏が持つ古い漏斗を枕元に置いて眠ります。そして見た夢は・・・。封建時代の拷問の物凄さは洋の東西を問わずだと思いますが、主人公は恐ろしい思いをしたに違いありません。

 ヘンリー・ジェイムズの『ある古衣の物語』は、巻末を飾るにふさわしいオーソドックスな幽霊譚です。しかもジェイムズの小説ですから幽霊の出現を具体的に描かずに読者に最大限の恐怖を与えてくれます。nastyやgruesomeと言った形容詞ではない本当の恐怖の根源は、見せないことに尽きる気がします。

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