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2011.03.08

林貢二受刑囚は一体何が欲しかったのか?・・・ワニブックスPLUS新書『秋葉原耳かき小町殺人事件 ~私たちは「異常者」を裁けるか~』(吉村達也・著、ネタバレあり)

 2009年8月3日、西新橋の自宅で二人の女性が暴漢に襲われ、一名が即死、残る一名は4日後に死亡した。ストーカー殺人事件であることと、「耳かき店」(性風俗店ではないが源氏名を名乗る女性が客と1対1で、しかも身体が接触する形で接客する)という新しい業態が被害者の一人と犯人とが接した舞台だったことも興味を呼び、当時はかなりセンセーショナルな報道がされていた。

 この本はミステリー作家の吉村達也が、事件の被害者の一人が耳かき店で名乗っていた「ま○○」という源氏名で発信し続けたブログ記事と産経新聞の詳細な裁判傍聴記録を引用しながら、なぜこの残忍な犯罪が起きたのか、なぜどこかの時点で止められなかったのか、なぜ凶行を行った林受刑囚は死刑にならなかったのか、丁寧に時系列構成で追っている。文章は平易でとても読みやすく、一気に読める好著だと思う。

 東京地裁の判決をいくら読んでも林受刑囚の動機は理解できない。そこで、この本では林受刑囚の犯行動機について著者独自の観点から謎解きがされている(ミステリ作家らしく「ホワイダニット」である)。

 確かにこの本で著者の言いたかったことはわかるのだが、ちょっと作家的なサービス、林受刑囚=アキバ系オタクという視点が過剰すぎる解釈ではないのかな、と思えた。そこで、この本からはちょっと離れて、林受刑囚の動機を自分なりに考えてみることにする。

 産経新聞の裁判傍聴記録によれば、林受刑囚は女性と付き合ったことがないと裁判で答えている。しかし、林受刑囚は性風俗店には足しげく通っており、同じ風俗嬢を指名する(つまり裏を返す)こともあったらしい。それを検察官から質問されると語気が強くなったという報道もある(性風俗通いは恥ずかしいもの、との思いがあったのかもしれない)。

 また、林受刑囚は下戸だったという報道もあり、スナックやキャバクラに通ってキャストと疑似恋愛を楽しむことはなかったようだ。もし飲めたとしても林受刑囚の性向からして、個室で1対1になれない業態では敬遠したかもしれない。

 林受刑囚は「ま○○」の耳かき店に徐々に長時間滞在するようになり、7時間もいたことがあるらしい。

 以上だけから単純に考えれば、林受刑囚が切実に欲しがったのは、つかの間の快楽を与えてくれる女性ではなく、長く一緒にいてくれる彼女や恋人、あるいは「妻」と考えるのが妥当だろう。

 林受刑囚は「ま○○」を疑似的な妻に見立てて、耳かき店で身勝手な新婚生活ごっこを楽しんでいたのではないだろうか。だから林受刑囚は「ま○○」に甘えたり泣いたり、店の中では恋人や夫婦のような関係だと思い込んで一方的になれ合いを楽しんでいたのだろう。それをこの本の著者は「人形」と呼んだとすれば、理解できる。もっとも「ま○○」が被った精神的な苦痛はおそらく拷問に近かっただろう。

 判決文には「本件は身勝手で短絡的な動機に基づくが、こうした心理状態の形成には二人の表面上良好な関係が少なからず影響している。経緯や動機は極刑に値するほど悪質とまではいえない。」という一文がある。これが何を表しているのか、この部分を自分なりにリライトしてみると「この事件は林受刑囚の身勝手で短絡的な動機によって起こったが、彼がそういう心理状態になったのは、二人の関係が表面上良かったことを勘違いしたからであり、犯行に及んだ経緯や動機を汲むと死刑にされるほど悪質とまではいえない」と読める。

 これはつまり、裁判所の判断は二人の関係性を(女性との交際経験のない)林受刑囚が自分に都合よく誤解していたことが事件発生の大きな要素であり、その責任の一端は林受刑囚以外にもあったと言っているようにしか思えない。そして、これが表に出ていない死刑回避の理由と思える。

 「ま○○」はまだ若く、人気があったこともあってか、接客のプロにはなりきれていなかっただろうし、その素人っぽさが魅力の源泉でもあっただろう。もし「ま○○」が百戦錬磨の接客のプロだったら、林受刑囚のような客がエスカレートしてストーカーになるとどうなるかはよくわかっていただろうし、逆に「ま○○」がそのようなプロの接客ができるような女性であれば、林受刑囚は足しげく「ま○○」に通うこともなかったし、できなかっただろう。

 林受刑囚は、はっきりノーというのが苦手な「ま○○」に付け込み、自分のものにしようとした。おそらく「ま○○」にノーと言われそうになると、泣いたりすねたり怒ったり脅したりと、「ま○○」を困らせることを徹底的にしたのだろう。そして勘違いも極限までエスカレートして、店外デートに誘うどころか図々しくも「付き合って」という言葉まで発している。

 まったくどこまで自分の立場を認識できていない勘違い男なのだろうか。男女の仲を所有・被所有でしか考えられない、金で心も買えると思っている卑劣な最低の男である。唾棄すべき人間の屑である。

(以下はネタばれしていますので、これからご覧になる方はご注意ください。)

(以下はネタばれしていますので、白いフォントで書いています。)

 著者は林受刑囚が恋愛感情を抱いていた訳ではなく、「ま○○」という人形を壊したのだという見解を出しているが、やはりそれはちょっと違うと思う。林受刑囚は、この娘ならば若く無垢で自分のものにできる、今でも仲良くできているのだから、もうひと押しだ、と本当に思っていた可能性があると思う。そう勘違いした上に、結局逃げられてしまい、身勝手な妄想を募らせて混乱に陥った上、「ま○○」が人手に渡ることを嫌って凶行に及んだのである。

 悪いのは全て勘違い男、女性を理解できない最低の林受刑囚であり、刑務所内で死ぬまで望まない労働を強いられるのは当然である。「ま○○」にはまったく落ち度はない。そして、もし他に落ち度があって責められるべき対象があるとすれば、それは従業員を守り切れなかった「耳かき店」に他ならない。

 被害者お二人のご冥福を心から祈る。

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コメント

同意以外の何でもありません。

私も吉村さんの著書を読みましたが、ちょっと違うと思いました。林は本気で、○○○さんを落とせると思っていたに違いありません。恋愛経験が少なく、思い込みの激しいストーカー気質の男の典型です。

投稿: あ | 2013.10.17 19:07

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